昭和43年10月16日  朝の御理解



  「上から下へ水を流すのは見やすいが、下から上へ流すのは難しい、道を開くと言うても、匹夫の俗人からものが難しゅうて暇がいる、神のおかげで開かせてもらうものぞ、例え一事は難しい事があっても、辛抱していく間には徳が受けられる」
  私今朝からこのことを只今頂きましたから、今日の御大祭の事を思うのでございますけれども、う~ん、「上から下へ水を流すのは見やすい」とこうおっしゃるが、これが例えば今までの、お~、まあ椛目時代と言うですかね、神愛会時代の御大祭であったらもうまさしく上から下へ水を流すように、スムーズなものでしたですね、言うなら、私がわんまん、どんなにわんまんであっても良かった、いわゆる上から下へ、自分の思うように「ああこう」と、いや言わなくても、私はおかげを頂いてきた、それは例えば御理解第89節にありますように、「此方の道は傘一本で開くことが出来る」と、ね、これは皆さんがいつも頂かれるように、え~、此方の道と言うかおかげというものは、例えばそれがあの、先生方が、教会布教に出られますね、その別に何にも、お~家がなからなければ、信者がなからなければ、お金がなからなければということはない、ね、その先生の信心の力のそれあれば道は開かれると言う、信心の力というのは神様を信じきるところから生まれる半身だ、いわゆる傘一本である、ね、傘一本持ってりゃ降ろうが照ろうが、いつも心配な事はない、ところが、え~、傘を持たないと少し曇ってくるともう降りはせんかと心配せんならん、少し照ら照らと照ってくるともう暑い思いをしなければならん、ね、照っても、例えば降っても一本の傘を持っておれば楽なのですけれども、ね、それを持たずに、は道は開けられない、おかげは受けられないとこういうわけですよね、ところがこの、合楽にまいりまして、またこうして教会としておかげを頂くようになってからです、どうもその傘一本だけでは道が開けないね、言うなら私の頂いておる信心の力と言うか、ね、私の傘と言うか、ね、それを一つ私は、え~、教会になって合楽でも御大祭にもう御大祭たんべんにそれこそ悲しいまでにこのこと、に思い患うのです、ね、これが上から下へ水を流すのであるならば楽なことなんだけれど、ね、親教会を始め、隣接教会の先生方にご迷惑かけなきゃならん、私の傘一本じゃ開けん、そんなことを今日私思わせて頂きよりましたらね、「造り花には造り花へ」とこう頂きました、「造り花には造り花を持ってせよ」とこういうこと、ね、例えば、あ~、御大祭が開かれる、それがにぎにぎしゅう盛大に仕えられば仕えられるほど合楽の人であるならば、皆心からそれこそ涙の出るほどに有り難いということになるのである、ね、けども他所から来た人達なんかは、それは、あ、ね、まぁ「おめでとうございます」「はぁ御盛大で」と、例えばそれを言うて下さってもどこまでも造り花、心から喜ぶものはない、これはまあしんっ、真実な話しなのだ、ね、「はぁ合楽がおかげを頂いて良かった」と言うて心から喜んで下さる者はこれは合楽の者以外にはないのですよ、ね、そこにその私の、上から下へ流、水を流すということは見やすいけれどもです、ね、私の場合はここにもございますように、匹夫の俗人から開くのであるからいよいよ難しいのです、教師の資格も持たず、ね、教師としての修行もしとらず、本当の俗人から教師としてのとりたてを頂き、俗人から教会長としてのおかげを頂いたのでございますから、やはりことが難しい、しかもこのような御ヒレイを頂いておるのですから、なおさら難しい、ね、そこでなら、傘一本で私の頂いておる信心の喜び、心の中に頂いておる安心、神様が(?)の時は神乍らに思い以上のおかげを下さるというだけにはいけない、やはり造り花を持ってしなければならない、そこんところに私の一つのまあ御大祭たんびのジレンマがあるんです、ね、例えば先生方の言うなら顔色ばっかり見とらんならん、「こう言うたら誰にさわりゃせんじゃろうか」「こう言うたらまた機嫌が悪くなんならせんじゃろか」もうそんなことは問題じゃないと、結局言えれるところまでは、一番最後のところにですね、これは、ね、「例え一事は難しいことがあっても辛抱していく間には徳が受けられる」というところを頂いていく以外にはなかろうごたるです、合楽の場合、ね、まぁだまぁだこの辛抱が続けられなきゃならないけれども、しかしその辛抱こそが身に徳を受けるのであり、辛抱して行く内により有り難い信心と、徳が受けられるということになるんですよね、ですからやはりそのこともまた有り難いのです、その過程においてはです、なかなかやっぱ辛抱、辛抱しとる時には楽なことはないって、ね、辛い事もありゃぁ苦しい事もある、「はぁこれでもう内々だけなら問題はないけれども」というようなことがです、やはり他人が入って来ると言うか、ね、以外の方が入って来ると、そこに難しさがあるんだ、そこになら、もうそれこそ「口に真を語りつつ、心にまこっ、真のなきこと」とおっしゃるけれども、心には無かっても、口にも表情にも、やはり造りやらにも一つもしなければならないような状態化にあるのが現在合楽の私共です、ね、いわゆるここんところではね、御理解89節にある、「此方の道は傘一本で開く事が出来る」とおっしゃるけれども、こと大祭の事に限ってはそういうわけにはいけないと、神乍らなおかげだけではいけない、そこにね例えば皆さんがですね、私のことを思うて頂きたいとこう思うんです実際は、ね、そこで本当言うなら、私の口にもなり手にもなり足にもなって頂きたいのです、「親先生こげんも言いっ、言うごとあんなさろう」「こげんもしようとあんなさろう」と、もう自分で悲しゅうなるくらいに、例えば昨日の御祈念なんかは、その事を思い出したら、「あれもこれも」ともう、あそこ、ね、そしてもうほんに、夕べ下駄箱の中からきれだしました、ね、先生方の教師、あの何々教会長、というておしてある、あの張り紙をしてある、さあ下駄を置きなさるとに、どこにこうあの(?)を置いてじゃるだろうかと思ったらちゃんとおしてあった、そして開けてそこん中には下駄がまだいっぱい入ってる、「あれはどげなことじゃ」て「いえ私が出します」とこう言うけれどもです、そういう私が今まで気を使わんで良かところにまで気を使わんならん、そして自分で悲しいごと、情けなく思うんですよね実は、これが私っ、いわゆる上から下へ水を流すのなら問題じゃないのだけれども、言うなら下から水を流さんならん、私の場合はもう絶対そうなんです、まあ言うならここへんの教会では一番私が一番下なんです、いわゆる下から上へ水を流さなきゃならない、ね、そこにです、造り花を、いわゆる、造った(苦笑)、その喜びと言うか、に、それをしなければならないことは、いわゆる日頃の合楽的な、っち言うか、合楽の信心一本やりではいけないものがある、決して他所の先生方に素晴らしく見せようとか良く見せようなんて言うことはさらさらない、本当の話し、でそういう意味で心を使うのじゃない。
  最近、最近じゃないいつも思うんですけれどもあの、え~、おおせつ間、あの、あんなに素晴らしい色んな、あ~、もう本当に、御大祭たんべんにあそこで(?)になるまで全部変ってしまうぐらいに、様々なおかげを頂いておるけれども、どうもこちらから見る壁の方に、あそこに寂しいところがあるなぁといつも思い入れしておった、ところがそこんところに丁度その、その良い木の、油絵を頂いて、昨日あそこへかかげることが出けたから、まあ言うならば、私の素人の見方ですけれども、もうどこからどう、四方し見ようどこから見ても「はぁ素晴らしいなぁ、どこにかけても素晴らしいなぁ」と思われるように奇麗に飾り付けようが出けた、ね、もう九州では第一(?)だそうですが、赤星と言う油絵の先生が書かれた絵なんです、それもここのために書いて下さったんです、ね、それが、え~この、裏に信濃の字と書いてある、いわゆる世の、その、まあ、信濃の字の早春と言うね、早い春、そういう題名のまあ絵、しんしゅうに至難の字を六甲された時に書から、あのその、お~、構図がまあ出けたと言われる絵なんです、いわゆる早咲きの梅が一番前の方にですね大きくこう書いてある、それが、アルプスを、アルプスを裏から見た、あ~この、アルプスが、こうバックになって、(?)を頂いたそのアルプスの山々が、あそのバックになって一番手前に梅がこう書いてあるんですね、実に見事な構図です、ね。
  今朝、そういう、まあこのような思いで御祈念さしてもらいよったら、夕べお供えに頂いたその油絵に信濃の字というように頂くのです、信濃というのは信を濃うと書いてあるですね、ね、信心をいよいよ濃く、濃くしていく、その濃くの濃くですね、ね信濃、ね、それにはいよいよ、いわゆる一番前方に書いてあります、梅の花なんです、早春に咲きがけて、咲くところの梅の花です、ね、梅の花と言やぁここでは信心辛抱とこうおっしゃる、ね、もう今こそ本当に色んな意味合いにおいて辛抱さしてもらわなきゃならない、そこからいよいよ信を濃うして行かなければならない、いよいよ信心を手厚うして行かなければならない、ね、雪を頂いたアルプスの山々が、白く、その光るように描いてある、それがその、梅のバックになってるわけなんですね、あれは一遍皆さん見てごらんなさい、それは実に(?)見事な絵です、ね、頂きますことから頂きましてもですね、結局、今が辛抱の時であり、ね、しかもその辛抱の徳によって匹夫の凡人から開くのじゃからものが難しゅうて暇がいる、神のおかげで、もう神様のおかげで開かしてもらうのぞと、例え一事は難しいことがあっても、辛抱して行く間には徳が受けられる、その辛抱して、今までとは違った意味合いにおいての辛抱、ね、その辛抱して行く間には徳が受けられる、その辛抱して行く間には、やはり造り花のも、させてもらわなけりゃならない時もある、いわゆる相手が造り花ならば、造り花を持って行かなければですね、「もうおかげを頂いて有り難い」と例えば言うたら、腹かく人があるかもしれん、本当に有り難いこと言うたら、有り難か時は有り難く無いふりをせなきゃならんことがあるかもしれん、これで良いと思うても、「はぁそうですか」と言うてそれに同緒しなければならないことになるかもしれない、ね、ここに私は今日の御理解の中にあります90節もです、89節に「此方の道は傘一本で開くことが出来る」とおっしゃるけれども、けれども傘一本だけではいけないことがある、そこに人間の世の中に難しさがある、ね、いわゆる私の言う「神乍ら神乍ら」だけではいけないことがある、ね、そこでなら皆さんもその気持ちでおかげを頂いて下さるところにです、ね、こちらはこうだけれどもこちらで元を取って下さる、外へに向かってはこうやけれども、内側でこうプラス・マイナスが出けいくようなね、私はおかげを頂いて行かなければならない時なのだ。
  昨日、一昨日でした、久留米の(いぐち?)さんが御用に出てみえ、それでその合楽の停イン所で下りられた途端にそれこそもう誰からか投げられたようにひどくこけられたっち言う、もうそれこそあの大きな体でごろがったんですけど、(笑)もうそれ痛い事じゃったろうとこう思うんです、もうそれこそもうおかしも出来んし、(?)、でおかげで別に「本当にあげな転び方したけれども怪我もせんな、おかげ頂いた」と、と言うてその日一日御用を頂いて、その久留米の何か(?)かなんかの御用を昼からされた、そして昨日帰られた、昨日一昨日ですか、家に帰られた途端に足が動かなくなった、それから震いがきた、40度も熱がありゃせんじゃろうかというぐらい熱が出た、ね、だから(?)の方が「あんたあんた合楽にお参りしとってからそげんころんじから」っち、と言うてそのまあ言われたそうですけれどもですね、ね、これはもう神様のご都合に違いはない、その私、本当にもう「そりゃあんたもうじょっ、じょうてきじゃったばい」ち言うて話したころですけれども、自動車から下りてからですね、その転ばれた時にえその、一番始めに出た言葉なんですよね、「お許し下さ~い」っち言うて、言うて転んだっち、もう私はこれだと思うんです合楽の信心は、ね、「あれ痛や」と言うたらもうお終いですよ、転んでから、ね、「お許し下さい」ね、もう間違いなしにそうなんですそして、ね、(?)で頭を打って「ああ痛や」って言うたら駄目、それこそ叩かれたんですけん「こらえて下さい」っち言うがそれでなきゃいかんのです本当言うたら、ね、(?)「おそらく内出血しとったんですよ」て、だからもう明日御用に出られんかもしれん、けれどもどげなんこつがあったっちゃ放ちからでん、大事にしてもろうて、まあ「腰かけちからこうやってきざんものだけなっとをさしてもらわにゃでけん」と言うて神様にお願いして休まして頂きましたら、「先生今日もこげんして座りも出来ます、痛みも取れてから」もう本当にあそこへ一晩、夕べ休んであられる間は具合が悪かった、きのう夕べの時、昨日の晩ですたいね、だからやっぱ大祭前に修行さして頂くということと同時に、やはりね、「神様お許し下さぁい」というような信心をですね、身に付けさせて頂いてきた、この一年間の間にそういう信心がおかげで育ってきた、ね、そういうような私は生き方こそが合楽で日頃教えを頂いておる生き方と同時にですね、御大祭前に皆さんが色々と修行をなさった、けれどもその修行不足であるところは神様が修行させなさった、夕べから御理解の中に頂きますようにね、本当に赤い、今朝からもまた赤カボチャを頂くんですよ、昨日その、赤カボチャの意味は分かるですね、カボチャというのは馬鹿と阿呆になる、赤というのは熱情、ね、熱情を持って馬鹿と阿呆にならにゃいけん、しかも今日頂くのはですね、あの苗口の方からじゃなくてから、あれをひっくり返してからあのヘソの方から頂くんです、赤カボチャ、ね、どういう自分の気に合わないようなことがあっても、どういうような場合であってもです、ね、そこんところを本当に穏やかに豊かに、大きくいよいよ美しゅう、ね、いわゆる本気で馬鹿と阿呆になることに熱情をかけなければ、馬鹿と阿呆にはなれない、ね、しかもそれも自分の下の方から眺めて見れて言うかね、裏の方から、自分の裏の方から眺めて見れと、ね、イライラどんするだんじゃない腹どん立てるだんじゃない、自分であることに分からしてごつ、昨日は苗口から頂いた赤カボチャ、今日はねその裏からこう頂くんです、おそらくやはり今日もそういうようなことが、じゃろうとこう思うです、本気で赤カボチャにならなきゃならないことであろうとこう思う、ね、そこにですね、あの私は、合楽の、おぉ御大祭のね、一つの徳イン性というものがあると思うです、他所の御大祭とは違うて、ここの御大祭の場合はいわゆる下から上へ水を流すような意味合いにおいての御大祭であり、ね、ですから皆さんもこの辺のところを良く、において、そして御用なさらなきゃならない、また御大祭を頂かなきゃならない、ね、そして、え~、いよいよ、お~、ね、辛抱の徳と申しますかね、辛抱していく内に徳が受けられるとおっしゃる、徳に触れて行くことを有り難いと思わしてもらい、どんな場合でも、ね、どんな例えば痛い思いをする場合でも「あぁ痛や」と言う前に、ね、「お許し下さい」と、いう信心、それでいて、それでもやっぱり放てからでもやっぱりおかげを頂かにゃんと、もう知らんと何とといったようなものじゃなくてですたい、ね、放てからでもやはり御用さしてもらわんならんという精神です、どうでもこうでも何がなんでもやりぬくぞといったような精神なんである、ね。
  今日私の思いを、おぉ、この御理解89節、御理解90節をですね、もう全然この意味とは違った、角度の違った、今日の御大祭を頂くとして、ね、その心掛けと言うか、実際のあり方というものをです、この90節89節から今日は頂いたんです、ね。
  いよいよ一つ、あぁ、ね、アルプスの山をバックにこう、咲いておる早春の、おぉ~、梅の花のそれのように、ね、いわゆるそこんところを辛抱しぬかして頂いて、え~、咲く梅の花、ね、そこの辛抱、必ずその向こうには、鶯の来てとまる時期が必ずある、ね、そこを信じておかげ頂いて行きたいとこう思うですね。                       どうぞ。

秋山誠輝
2005年4月25日